ハートクッション

患者と医者の間でクッションになりたい。僕が目指すモノ。

この記事は、前回の記事の続きとしても読むことができます。よろしければ併せてどうぞ→添削版「正しい医療のための10か条」 ~代替医療は医学を否定することではない~

補完・代替医療とは何なのか。

「代替医療」や「代替療法」という言葉を聞いたことがある人も、聞いたことがない人もいると思いますが、どんなイメージを持っていますか?また、その価値をどう思いますか?

ハートクッション

肯定的な方も、否定的な方もいると思います。
念のため、僕は自分の仕事を「医療」とは思っていません。

西洋・東洋に関係なく、研究の積み重ねで効果が証明された治療法は「医療」に組み込まれますが、
「伝統医療」「民間療法」「代替医療」等々と宣伝する治療法とは、効果が証明されない治療法または非効率な治療法ということになります。

それでも「代替医療」は需要がある。

広い意味で代替療法と言うとき、
マッサージ、ほぐし、手技療法、整体、カイロプラクティック、鍼灸、氣功・・・・・・そして、もっと妖しい色々な治療法への需要があるのも事実です。
「代替医療」が必要な人もいて、癒やされたり、救われたりする人がいることもまた事実です。

代替医療の「立ち位置」はどこか?

では、患者は、医師は、代替医療の施術者は、代替医療の立ち位置をどうイメージしているか。

医者患者代替医療

上の画像の様な関係性だとすれば、それはどの立場にとっても良い関係ではありません…(僕個人の考え)

医者は、通常以外の治療法や「代替医療」の効果を認めていませんし、
それでも病院や医者を嫌ってマッサージを受けたり、整体の「先生」を信頼したり、民間療法を希望する患者が存在することの理由がわかりません。

代替医療の施術者は、「西洋医学」や「標準医療」や「科学的根拠」までも否定しがちで、患者を医療から引き離してしまいます。

患者は、両者の主張やテレビ・インターネット・書籍などなどに溢れる情報の中で、いったい何を信じれば良いのかわかりません。

病院や医師を批判する施術者というのは、
自分は「西洋医学の対極に」「医者の対極に」存在していると思ってしまっていて、
「現代の医学の常識をひっくり返す!」「現代医療に取って代わる!」と言ったり、そのような情報や書籍ばかり好んで紹介したりしますが、
医療や投薬を受けていたら命が助かった人が、代替医療・民間療法に傾倒したがために命を落とすというケースが時々あり、ニセ医学・似非医学・トンデモなどと呼ばれて非難されている件を知っている人もいると思います。

患者と医者の間でクッションになれるか。

医者補完患者

病気の人や困っている人の中には、化学療法や医師に拒否反応を示す人も必ず一定数います。
僕は、そういう人を「一度受け止めて、必要なら医療へと送る」仕組みが必要だと思っています。
取って代わると誤解してしまう「代替医療」という言葉よりも、医療を「補完」するクッションのような役割に価値があるのではないでしょうか。

患者が、医療への不信や失望がきっかけで間違った知識を持っていたら、それを否定できなければいけない。
医師の言葉に「冷たさ」を感じた人がいたら、医師の真意を「通訳」する者が必要かもしれません。

医学知識や科学的思考を持たない患者の考えていることを酌み取ることができるが、患者より知識を備えていて問診や鑑別診断に近いこともできる者。
医師より専門性を極めていない立ち位置だからこそできる役割があるのではないでしょうか。

患者医者看護師

看護師の笑顔

病院に行かない患者の「クッション」は誰か?

その役割を、病院の中でしているのは看護師やコメディカルのスタッフですよね。
もちろん、それぞれに専門的な技術も持っておられますが、
医師のみでは成立しない、患者との関係性において、パイプ役やクッション役を担っているのは看護師等のコメディカルスタッフだと思います。

施術

心身をほぐす。

病院に行かない人、
「病院に行くほどのことではない」人、
病院の検査では「異常なし」の人、
疲労?加齢?不定愁訴?
「病院に行っても薬や湿布を出すだけ」

そういう人に対して、手で触れたり、「よく聞いたり」することで、症状が軽くなることがあります。
家族にマッサージをやってもらったら腰痛が和らいだとか、つらい時に背中をさすってもらったら楽になったとか、「痛いの痛いの飛んでいけ」とか、そういうことは、実際にあります。

川島なお美

なぜ、両極端になってしまうのか…

川島なお美さんの高額民間療法、鎧塚氏がつづる「今となっても結論は見いだせません」

とある大病院の医師による
「どうみても負け戦です。後はどう敗戦処理を考えるかだけです。」
という人情味の全くない冷たい見解の医師
ある民間医療の
「必ず治りますから希望をもって諦めずに治癒をしましょう」
と言って高額な治療を勧めてくる一見人間味溢れる医師。
藁をもすがる患者とその旦那にとってどちらが名医でどちらが薮医者だったのでしょうか?
私には今となっても結論はみいだせません。

上については様々な意見があると思いますが…
「どちらが」というよりも、これほどまでに、「根拠を重んじた冷静な治療選択」と「患者心理に寄り添うこと」の間でバランスを取ることは難しいということだと思います。

医師を冷たいと感じ、科学を拒絶する人は、確実にいます。

医者の応対から医療不信になった人の言い分や、
医者に感じる冷たさや怖さや、病院への失望や・・・・・・
そういう話を患者からもっともよく聞いているのは、もしかしたら「代替医療」をやっている施術者かもしれません。
医師は話術や「心をほぐす」ことに関してはプロではないかもしれないし、医師の言葉に感情を感じないという人もいるし、医師の言葉は患者にとって「難しい」のかもしれません。
そうして医療からこぼれた患者が頼れる存在というのは無価値ではないのではないでしょうか。
医療や病院の問題の一つは、「時間」かもしれません。問診や説明やアフターケアにかける時間がなかったり、重病じゃない患者に時間をかけられなかったり。
それには受け皿が必要なのかもしれません。

両手の花2

手で触れて、リラックスして、気持ち良くなって、そういう状況だからこそ引き出される話もあります。
最初は不安で緊張していたものが、時間をかければほぐれてくることもあります。
「触れること」「聞くこと」「見ること」「コミュニケーション」、そこに丁寧に時間をかけることで気付けることもあるのではないでしょうか。

ただ、だからといって「代替医療」が「通常医療」に治せない病気まで治せるかのように宣伝する者は、「ニセ医学」と批判されるべきだと思います。
医療を「補完」できる可能性を持っていると思いますが、医療や治療や服薬を否定する者になってしまうのは「代替医療の暗黒面に落ちる」と言ってよい批判されるべき者だと思っているのです。

ハートクッション

中間に立って、バランスを失わず、領分を越えず。

同業のホームページ等を見ていると、
中間や補完というよりも、まるで「医療の対極」を目指しているかのような者がいます。
「医師の知らない治療法で」、「医師には治せない病気を」、と呼びかけて、患者を医療から引き離してしまいますが、
そういう施術者の治療法には根拠がないのです。通常医療よりも効果があるという証明ができない治療法なのです。
それを「伝統療法」、「自然療法」、「氣功療法」、またはカタカナの名前を付けて呼んで、「病院や薬や手術以外のなにか」を探している患者に付け込みます。

それはとても怖い状態だと、僕は思います。

「代替医療」にも需要があり、人によっては医師より頼れると感じさせる理由は、
医療や医師よりも治せるからではないと思います。
病院を避ける人でも「マッサージ」や「整体」には行く人がいる理由は、治療効果とは別のところにあるのかもしれません。

病院に行くのが嫌いな人、怖い人というのはいますが、
「マッサージ」や「代替医療」や「セラピスト」は患者を気持ち良くしたり、明るくしたり、軽くしたりさせる技術を持っているんだとしたら、楽しみにして通う人や癒やされに行く人や、相談に行く人がいることも理解できます。
一人の患者に対して時間をたっぷり取って、痛みやつらさや不安の話に耳を傾けることができ、親身になって何かアドバイスをすることができるとしたら、その点こそが、医師や医療にできないことかもしれません。
かける時間だけではなくて、「手で触れる」ことは相手の心をほぐすことでもありますから、手技療法の強みはそういうところでもあるんだと思っています。

予防

できることは、「予防」と「癒やし」と・・・

色々な病気やケガや症状に対して「治療できる」と言っているけど、効果に科学的根拠がない代替療法や民間療法は、「ニセ医学」で危険な傾向を持っていますが、
存在価値がある「代替医療」とはどんなモノでしょうか。
そろそろ言い方を変えようと思いますが、「代替医療」という言い方はニュアンスが違っていて、どちらかというと「補完医療」だと思います。

医療や薬というものは、病気やケガをしてしまった後に頼るものです。
診断名が付くような病気やケガをしてしまった後には、根拠や確率を重視した医療を頼るべきと思います。
しかし、病院で病気ともケガともされない「痛み」や「つらさ」もあると思います。
そういうもののケアや、「予防」として、「癒やし」として、マッサージや手技療法は機能できるのではないでしょうか。

ただし、患者が心を開きやすいからこそ、医学的に間違ったことを言ってはいけませんね。
お医者さんや病院に不信感を持っている人から頼られがちだからこそ、必要な時には「ちゃんと病院で診てもらってくださいね?」と言えなければいけないと思うのです。
そういう患者が、もし「ワクチン否定派」だったら、それは誤った情報ですよと教えることができなければいけないし、
「健康食品」に興味を持つ人には、正しい見解で意見を言えなければいけないと思う。
患者との距離が近いからこそ、ニセ情報・ニセ医学に騙されない「情報リテラシー」を身に付けていなければと思うのです。

病院よりも患者に近くて、
そこに行くのが楽しみで、
予防や癒やしを担当して、
時間を使ってよく聞きよく触れて、
変化や異変があれば気付いてあげることができ、
正しい知識を患者に提供し、
わからないことはわからないと言い、
必要な時には病院に行くように説得もする。
医学も患者心理も否定しないで、真ん中で「クッション」のように、
そういうバランス感覚を持っていたいと僕は思っています。

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